藍色の夢をみた日

「 君の声だけがどんな雨もよけてくれたんだ 」

自分ルールとエゴ

いろんな人とよくコブクロの未来の話をよくしました。

あんなこともしてほしいね、こんなこともしてほしいね。ふたりのすてきなうたがもっと知らない人に届くためにはこんなのはどうかな?勝手に戦略を立ててふたりのうたがもっと届くように、ライブに新しいお客さんを呼び込むためにどんなキャッチコピーを作るか・・・友達と話をしたりひとりおうちで悶々といろんなことを考えていたあの頃。(今もそれは相変わらずだけれど)

ふたりがわたしたちのことを愛しています、と会いたかったよ、とみんなが日本一のファンです、とそう言ってくれることが本当に嬉しくって本当に嬉しくって。

その言葉に恥じないファンでいたい、ってずっと思ってる。

「近いね、みんなの笑顔がこんなに近くで見える」

ふたりが必死でわたしたちのことを考えて新しいことにも挑戦してくれて、歌を届けようとしてくれているのにそれがいつしか「あたりまえ」になって慣れてしまったから、こんなふうになってしまったのかなぁ。

 

銀テープが取れなかった時、たくさんとれたのでどうぞ。って分けてくださったご夫婦。「あの新曲ってなんていう曲でしたっけ?よかったですよね」なんて知らない人同士、ライブの感動を分かち合いながらアンケートを書いたはじめてのコンサート。「ストリートの時数え切れんくらい近くで見たから、ここで見ていいよ。」って快く席を変わってくださったお姉さん。みんなで手拍子を揃えて、声を合わせて、心を合わせたドットコムコールもウェーブもアンコールも。

あの頃「大事にしたかった事」大事にできているかな?ふたりが言ってくれている素敵なファンで居られているかな。いつだって俯瞰的に自分を見つめ直して定期的に自分の周りをくるりと見直したい。だって大好きなんだもん、コブクロが。

 

ライブによく行っている常連は、マナー違反なんてしていないんだから新しくファンになった人が悪い、なんてまぁよく言えたもんだな。だからコブクロのライブにはもう行きたくないって言われちゃうんだよ。その心が悲しい。小渕さんが言ってる「みんなにも初めてがあったでしょう?そのとき優しくしてもらったでしょう?何回も行ったことある人はたくさん教えてあげてね!」って。そういうものではないの?

私が初めてふたりに出会った時、たくさんの方にいろんなことを教えていただいた。昔のライブのこと、ふたりがこんなことを言っていた、っていうこと、歴史・・・そりゃぁもういろいろと教えていただいた。次は私がその歴史を語り継いでいくんだ、と決意するくらいに。

 

昔から好きだったからえらいの?グッズを全部買っていたらファンなの?CDを買っていなかったらファンじゃないの?新しくファンになったらその人が全て悪いの?最近の雰囲気がおかしいのは新しく好きになった人のせいなの? ーすべてに違和感。

愛し方は人それぞれ。そんなこと百も承知。でも「好きだから」が頭についたらなんでもしていいわけじゃないってことに気づいて欲しい。

好きだから触りたい、好きだから銀テープを拾いに行きたい、好きだから前に行きたい、好きだから変なタイミングでも関係なしに叫びたい、好きだからいじられたい、好きだから目立ちたい、目にとまって欲しい。

ほら、好きだからがついたただのエゴは自分の中の「自分ルール」でしかなくて醜い。そんなことで揉めるくらいならそんなことで派閥ができるくらいなら、もっと楽しい話がしたい。もっともっと私の知らない話を聞かせて欲しい。

 

自分ルールとエゴがもたらす影響をかえりみて欲しい。手拍子も拍手もコールアンドレスポンスも、ふたりに感動を伝える方法はいくらだってあるよ。ひとつのエゴイズムで、誰かの思い出がぐちゃぐちゃになるなんてあまりも悲しい。

 

「ことばは目には見えないけれどこころにはずっと残る。いやなことばもうれしかったことばもおんなじだけ心に残るなら、心にはうれしいことばをたくさん詰め込んでおきたいし、ひとつのいやなことばが今日のおもいでになってしまうなんてかなしいこと、せんせいはいやだなぁ。みんなはうれしいことばをたくさんつたえられるひとになってね」

 

こどもにつたえながら、じぶんはどうかな?といつも思う。だれかの「初めてのライブ」が「いやだった」で終わることなんてないように。「たのしくなかった」で終わってしまうことなんてないように。わたしたちが二人の印象を悪くなんて絶対にしたくないんだもん。

 

Tシャツを着ている、そこには二人の名前が書いてある。その二人の名前を背負っている。買い物をしている時も、電車に乗っている時も。ライブ中だけじゃなく、いろんな場面で二人の名前を背負っているって思ってます。ファンはアーティストのかがみ。

コブクロのファンはいつもぽかぽかしているね」ってそんなファンでいたい。自分だけよかったらそれでいい、が巡り巡ってふたりが悲しい顔をすることだけはぜったいにぜったいにぜったいに嫌だからね。

 

ライブのあと、二人の楽しい話が。凄かった歌のことが。ライブのことがたくさん聞こえてくるあの空間が戻ってきますように!そのために出来ることは何かな?発信することで変えられるかもしれないもんね。まだまだ諦めないよー。時代を動かすのは椅子に座っている人じゃない。

 

 

京セラドームで、あんっっっなに嫌そうな顔をしているくろださんを初めて見てしまってこれ以上こんな想いはさせまいと思ったこの感情を忘れたくなかった。あんなにも素敵な歌を歌ってくれて、ふらふらになるくらい全身全霊歌ってくれたのに、気持ちよく終われなかったんじゃなかったんだろうかと思うと悔しくて。「また歌おう」と決めてくれた理由の中に「私たちのために歌う」が入っていてくれたら本当に嬉しいけれど、逆に「わたしたち」が彼の気持ちをぐちゃぐちゃにして鍵を閉じさせてしまうのではないかと怖いの。なんでこうなっちゃったのかなぁ。