藍色の夢をみた日

「 君の声だけがどんな雨もよけてくれたんだ 」

なんとなく日々ペンを走らせた 君には内緒で。

NOTEってたくさん句読点が使われているんですね、今気づいたけれど。

 

わたしはほぼ日手帳3年生である。しかし、殆ど活用できずにずるずる3年目に突入しているのでほぼ1年生であると言っても過言ではない。

ほぼ日手帳のことがずっと気になっていて、いつかわたしもほぼ日手帳を使うのだ・・・と憧れを抱いていた大学3年生の冬。その頃好きだった人がたまたま糸井さんのことが大好きで、ほぼ日ヘビーユーザーだったことがきっかけでほぼ日手帳を使い始める決意をしたあのなんとも甘酸っぱい始まり。(笑)

ひたすら毎日、ペンを走らせた。

何気ない一言。感じたこと。ライブに行った感想。そりゃぁ事細かに書いてあって、惚気がひどい・・・と頭を悩ますことだってあって。まさに君には内緒で。内緒にしなくちゃ、まぁひどい。でも「今はもう読みきれないほどの 思い出が溢れてる 色あせても滲んでも どれひとつ消せやしない」状態のわたしのノート。でも、書き始めて2ヶ月でパタリと書けなくなって真っ白になって 絶対に捨てる、って思った。不思議なものです。パタリと書けなくなってからの数ヶ月の記憶がほとんどなくていろんなことを考えては、気分が悪くなってその気持ちを言葉にすることすらできなかった。

今思えば、もうすこし書き残せたらよかったのかもしれないんだけれど、いっぱいいっぱいだったんだろうなぁ。とにかく捨てる、って思っていたのにその頃の自分に申し訳なくて捨てられなくて押入れの一番隅に押し込んだあの日。(笑)

 

でも、NOTEを聴いて二人の歌を聴いて「消すこと」じゃなくて「思い出にすること」もいいことなのかもしれない。と考えるようになってからは、なんとなくたまに引っ張り出して書いてみたり、「凄いなぁ・・・」って苦笑いしながら読み返せるようにはなってきた。あの時の自分の言葉に、心が動くこともあるし、ドキリとさせられることもあって、あぁ消さなくてよかったと思ったことが多かった。

 

「ふたりの歌をもっと近く感じられるようになったからそれでよかったのかも」

そんなこと思っていたのかぁ・・・すっかり忘れていた。とにかく私の人生の中で1・2を争う激動の時代。今読み返しても頭が痛くなるほどのやたけたの文字。(笑)

若かりし頃の失敗も、おごりも、嫉妬も、本当に恥ずかしくて「何であんなにも尖っていたのだろう」とか「何でもっと優しくできなかったのだろう」とか「素直になれなかったのだろう」とかまさにhanaの主人公のような、そんな気持ちで後悔したりいつもハラハラするのだけれど、ふとした瞬間読み返すとその純粋な気持ちに何かを呼び起こされて、引き戻されることがある。不思議だなぁ。自分の言葉なのに、自分じゃないみたいで。その言葉に引っ張られたり、考えさせられたり、背中を押してもらえることがあるんだ。

だから「残す」ことがわたしは辞められないんだなぁ。やめたくないんだなぁ。

 

ずーーーっと開きたくなかったほぼ日手帳。でも夏になると思い出す嫌な思い出も薄らいできたから、またこの夏からはじめてみたいと思います。誰かに宣言すると続くかもしれない、なんて思ってブログに書いてみました。ゆるく書けたらいいな~なんて。おしまい。