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藍色の夢をみた日

「 君の声だけがどんな雨もよけてくれたんだ 」

「好き」なんて誰にでも言えそうな言葉に込めて

 

どうしてだろうね、素敵な文章に出会うと衝動的に文章が書きたくなるのは。
敵うはずもないのに。比べても仕方ないけれど、あんなふうに素敵なものにならないってわかりきっているのに。それでも、わたしは好きな文章に、好きな言葉に、好きな話し方に 出会うたび言葉を紡ぎたくなるのです。 不思議なもんだ。

それは、何年前からずっと変わらないわたしの一種の「癖」のようなもので素敵な人に出会った時と素敵な音楽と素敵な文章に出会った時はたまらなくたまらなく言葉を紡ぎたくなる。

 

 

 

 

3年前くらいに、ブログにつぶやくように書いていたこの言葉に頭がもげるくらい頷きながらこの記事を書いていて。私は明日4時起きで、始発の電車に乗って新幹線に乗るのだ。9時ごろには幕張に到着して、大好きな人のライブを見る。それなのに、ワクワクしてたまらないのに。こんなにも、ドキドキ胸が高鳴るのに、準備だってままらないのに。こうも、衝動的に言葉を紡ぎたくなるのはどうしてだろう。明日のことを考えるよりも、その前にこうやって言葉を、自分から放ちたくなるのはどうしてだろう。

まるで恋をしているかのように、わたしはその人たちのことだけをずっと考えていて。その人たちを彩るすべてを知りたくなる。

 

好きだと気がついたときに爆発した気持ちを抑えきれなくて、どうしようもなくてその矛先を「新しいことをひたすらインプットする」ところに向けた。知れば何かが変わるかもしれない、という謎の思考と、もっと知りたいという恋をしているときに近い感覚と、私はこの人の何処に惚れ込んだのかという正解を求めていたことと。それとすべてを知りたいという我儘なファンならではの思考が混じり合っているのだろうなぁ、きっと。

 

あぁ、好きという言葉以外でこの気持ちを形容する言葉を誰か教えて。

 

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私が何も知らずに、ライブを見にいって。うたをきいて。感じとったことが、考えたことが、「もしかしたら」ではなく「そうだった」だった。

こういうことなのかな?と思ったことが、すべてでそれがその通りだった。彼が紡ぐ言葉で、まっすぐ伝えてくれる言葉で、何も包み隠さず表現する言葉で、それがわかった瞬間の胸の高鳴りは、どうにも心地悪くてそれなのに、嬉しくって仕方なかった。ずるいなぁ、なんて笑いながら。

 

こんなことが初めてで、答え合わせなんてしていないのに彼らの手の中が見えるようでそれが心地よくて、それなのにいつまでも追いつけないこの距離が歯がゆくてニヤける。…気持ち悪い、果てしなく気持ち悪い…

 

彼らの考えや想いがこんなにも伝わってくるのは、私の勘が鋭いわけでもなければわたしが超能力者なわけでもなく。ただ、彼らが愛に満ち溢れた人達だからだと思うし、ひとりひとりに「伝えたい」と一点の曇りもなく、自分の想いを考えを夢をひとつずつ、愛を込めて伝えようとするからだ。それが言葉でなくても、音で伝わる。温度で伝わる。空気で伝わる。彼らの想いが、色になって伝わる、聴こえる。

その温度から吸い取った、この温度はいつになったって冷める気がしなくて。

 

こうやって、確かめ合って間違いないって確信して。その確信したことがたとえ間違えていたって、その間違いを全力で肯定していきたい。

それくらい、わたしの好きはこの人たちに詰まっていて、言葉では形容しがたいなんともいえない「うまく言えないんだけれど、なんかさ、似てる気がするんだよね、おれら」っていうちゃらい男が発するみたいな軽い言葉に乗せてみる。(ただいま、って帰りたい場所がまた増えてしまった。)

 

「追いつける気はしないけれど、きっと私たちは似ているよ。」なんてお酒が入っていないといえないような恥ずかしいこと言ってもいいですか?