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藍色の夢をみた日

「 君の声だけがどんな雨もよけてくれたんだ 」

善し悪し決める浮世の基軸は乱暴で

 

私には好きな人がたくさんいる。憧れている人がたくさんいる。自己肯定感と自尊心が地下レベル(友達談)なことが功を奏して(?)人のことをすぐ好きになる。しかし、その好きが持続することは実に難しいことで、好きのモチベーションが永遠に続くことなんてないと思っていた。(熱しやすく冷めやすいという例のアレ)

 

でも、不思議なことに「うた」はちがう。

それを聴けば、ふっとその「うた」を聴いていたあの頃にタイムスリップできるのだ。タイムスリップした瞬間、感情がゴオオオオと音を出してうごめいて、ドキドキする。また「すき」が燃え出しちゃったりして。結局のところ、そんなに簡単に一度好きになったひとや、ものや、ばしょを嫌いになんてなれないっていうことなんだろうね。

 

「すき」が育つといろいろなものがみえてきて疲れてしまうこともあるけれど、でも、その「すき」に勝るものなんてなにもなくてまさに「好きの気持ちに何が勝てるの」なんだとおもう。誰になんて言われようとも「すき」を隠したり、「すき」を疑ったりしたくないな。わたしが信じた「すき」がまちがいだなんて言われる筋合いはない。だって、間違いなくわたしはあなたを「すき」になったから今こうやってうたをきいている。今こうやってなみだをながしている。今こうやって、わらっている。これがどんなに幸せなことなのか、数年前の私にはわかるよしもないだろうけれど、いまのわたしがむかしのじぶんのすき、にそのときのアンテナに。救われている。

 

出会えてよかったと思う人がたくさんいるから。

出会えてよかったと思う音楽がたくさんあるから。

今生きているこの世界だって、捨てたもんじゃないのだ。うん、もうちょっと頑張ってみるわ。

 

「手を差し伸べてくれるのは 特殊な感性持つ貴方方だけ

 十分幸せですがなにか」

 

病んでないよ。(笑)